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「世界の中心で 愛を叫ぶ」

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かなり出遅れたが、「世界の中心で愛を叫ぶ」をようやく観てきた。

原作を先に読んでいたあたしは、大人になった朔太郎の彼女が出ると聞いて、原作のラストシーンから始まるドラマを想像していた。
しかし、映画版「世界の中心に・・・」は、原作のプロットを拝借した、全く別の作品と言っても過言ではない気がする。

「田舎町」「高校生」「骨」「島」「墓」「白血病」「空港」「オーストラリア」などのキーワードは同じだが、文字だけでは表せない表現を、映像と音楽というアイテムを上手に使って魅せている。

原作中には登場しなかったアイテムとして、「ウォークマン」とカセットテープが登場する。
他にも、時代を表すアイテムがいくつもさりげなく置かれていて、こだわりを感じさせた。
似たような世代のあたしには、懐かしくもほろ苦い思い出を喚起させるに充分なほど。

売れた原作本を映画化した作品は、得てして原作と映画の比較をしがちだが、この作品はそういった意味で出来不出来を語る必要性を感じない。
映画自体を一つの作品として楽しむことができた。

涙が止まらないという前宣伝通りかどうかはわからないが、あたしが涙した場面は以下の通り。

・大人になった朔太郎がテープを聴きながら農村風景の中を歩く。
・体育館でピアノを聴き、若かりし頃の自分にフィードバックして亜紀を抱きしめる。
・亜紀の父親の病院での慟哭。
・髪を失った亜紀が見舞いに来た柵太郎と対峙したときの表情。
・無菌室でのビニールを隔てたやりとり。
・オーストラリアでのラストシーン。

絶対に泣くだろうと思った、空港でのシーンでは涙はでなかった。
それでも、これだけ泣けば充分か(笑)

映画が終わった後、エンドロールの途中で退席する人が多い映画の中、この映画は場内に灯りが点くまで着席している人がほとんどだった。
エンドロールが短かったこともあるかもしれないが、女性達(男性も?)が涙を乾かす時間が必要だったことが大きな要因だろう。
終わった後、真っ直ぐ化粧室に向う人が多かったのも同じ理由かと。

涙するツボは人によって違うと思うし、泣く事が良いことで、泣かない人は感受性に問題があるとか、そのようには思わない。
感情移入の仕方によるのかもしれないし、視点の違いもあるだろう。
しかし、場内のハンカチを取り出す音や、鼻をすする音のタイミングや数を聞いていると、人間の感動する場所というのは似たような部分なのかと思う。

原作本でも涙したが、映画のほうがツボにはまったあたし。
どちらを勧めるというのではなく、是非両方とも楽しんでいただければと思う。

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